日本の島再発見 種子島_鹿児島県 11月14日(水) (P044,045)
- Wednesday, November 14 2007 @ 02:00 PM JST
- Contributed by: tetujin60
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離島60めぐり---第15訪島(2)
種子島(たねがしま)
●鹿児島県 日本ポルトガル交流の地、
花とロマンの島
鹿児島空港から空路40分。
この島には友人の友人・松山忍さんがいて、空港に出迎えてくれた。
到着後に昼食をとりながら島の最新情報を“取材”した。
ポルトガルから1丁の鉄砲がこの島に伝来したのは天文12年(1543)のことで、『種子島開発総合センター』(鉄砲館)でその歴史がよくわかる。
ぜひ見ておきたい。
現代では島の産業は「ハサミ製造」が有名だが企業と呼べるほどの規模でなく、島の若者はどうしても本土に働きに出ていく。
そのため島の人口が3万から2万に激減しているそうで、いずこも同じ“過疎化”に悩まされている。
まず『種子島焼』ののぼり釜を見学した。
上薬を一切使わず1300度の高温で3日間焼くが一つ一つに個性があり独特の味わいのある焼きものだった。
松山さんの自宅に招かれ、彼の趣味の「ソテツの盆栽」を見せて貰った。
私は石垣島でプライベートガーデンを造った関係で、植物には特に興味がある。
松山さんの「ソテツの盆栽」
いろいろな盆栽を見たが、ソテツは初めて見る。
古いのは百年のソテツもある。
育て方は毎年8月末に葉を全部切り落とすのだそうだ。
そうすると新芽が出ても葉は大きくならないそうで、そのバランスがなかなか趣があった。
種子島(たねがしま)
●鹿児島県 日本ポルトガル交流の地、
花とロマンの島
鹿児島空港から空路40分。
この島には友人の友人・松山忍さんがいて、空港に出迎えてくれた。
到着後に昼食をとりながら島の最新情報を“取材”した。
ポルトガルから1丁の鉄砲がこの島に伝来したのは天文12年(1543)のことで、『種子島開発総合センター』(鉄砲館)でその歴史がよくわかる。
ぜひ見ておきたい。
現代では島の産業は「ハサミ製造」が有名だが企業と呼べるほどの規模でなく、島の若者はどうしても本土に働きに出ていく。
そのため島の人口が3万から2万に激減しているそうで、いずこも同じ“過疎化”に悩まされている。
まず『種子島焼』ののぼり釜を見学した。
上薬を一切使わず1300度の高温で3日間焼くが一つ一つに個性があり独特の味わいのある焼きものだった。
松山さんの自宅に招かれ、彼の趣味の「ソテツの盆栽」を見せて貰った。
私は石垣島でプライベートガーデンを造った関係で、植物には特に興味がある。
松山さんの「ソテツの盆栽」
いろいろな盆栽を見たが、ソテツは初めて見る。
古いのは百年のソテツもある。
育て方は毎年8月末に葉を全部切り落とすのだそうだ。
そうすると新芽が出ても葉は大きくならないそうで、そのバランスがなかなか趣があった。